r/Reddit_Beginners • u/SnooWords9730 • 4h ago
練習 「本質」による理論の選別
哲学において、「本質」という語は、これまで二つの異なる意味で用いられてきた。
第一の意味は分類基準としてのそれである。すなわち、「xがP特徴を持つとき、かつそのときに限り、xはX類に分類される」が成り立つとき、そしてそのときに限り、P特徴はX類の本質であるとされる。
第二の意味は理論選択における考量としてのそれである。すなわち、A理論とB理論がX類の実体の特徴をそれぞれP、P'と記述し、PとP'が互いに矛盾する場合において、任意のB理論(およびそれに付随する任意のP')に対して、常にA理論を採用すべきであるとき、そしてそのときに限り、P特徴はX類の本質であるとされる。
この二つの意味における「本質」がともに存在する場合、両者は大部分において一致することが明らかに分かる。しかし、二つの意味のうち一方のみが存在する場合や、そもそもどちらも存在しない場合も、十分に想定しうる。第一の用法においては、「実在的本質」が存在するか否かが極めて重要な争点となる(これに対置されるのが「名目的本質」であり、ある語を新たな用法で用いるたびに、その語が指す事物の類の「名目的本質」は変化することになる)。
個人としては「実在的本質」の存在には懐疑的である(もしそれが存在するならば、「砂山はいつ山と呼べるようになるのか」といった問題はそれほど難しくはならないはずである)が、この分野に精通しているわけではないため、ここではこれ以上立ち入らない。
第二の用法においては、「本質」が存在するか否か、あるいは認識可能であるか否かについてはひとまず措くとして、もう少し弱いコミットメントであれば誰もが受け入れられるのではないかと思われる。すなわち、A理論とB理論がX類の対象の特徴をそれぞれP、P'と記述し、PとP'が互いに矛盾する場合において、両者のうちA理論を採用すべきであるとき、そしてそのときに限り、X類にとってP特徴はP'特徴よりも「より本質的」であるとする。
上述の「より本質的」の定義に従えば、次のことが明らかに分かる。すなわち、X類にとって、任意のB理論に付随するP'特徴に対して、P特徴が常にP'特徴よりも「より本質的」であるとき、そしてそのときに限り、P特徴はX類の本質である(この定義は上述の第二の用法と同義である)。
そうなると、理論を選別する方法論の問題に関わってくることになる。一般に、ここには三つの立場がある。すなわち還元主義、全体論、創発主義である。ここで、三つの異なる領域F1、F2、F3を仮定する(領域とは、研究を組織する便宜上区分されたものにすぎず、一種の社会的制度であるため、ここではその定義には立ち入らない。もっとも、後述する創発主義者たちは、第一の用法と第二の用法双方における「本質」が同時に存在し、それによって異なる領域が厳密に区別されると考えているのだが、これについてもここでは触れないでおく)。
F1領域には最適理論Uが、F3領域には最適理論Vがあると仮定する。そしてUは「F1領域の実体はF2領域の実体の部分である」と、Vは「F2領域の実体はF3領域の実体の部分である」とそれぞれ仮定しているとする(もっとも、「実体」という概念自体も厳密には理論的な仮定に由来するものであるが、この話題についてもここでは深入りしない)。
F2領域には、その領域に対応する現象への普遍性の程度がほぼ同等でありながら、互いに対立する三つの理論A、B、Cがあると仮定する。三者の違いは次のとおりである。AはUとは相互に支持し合うがVとは支持し合わない。BはUとは支持し合わないがVとは相互に支持し合う。CはUともVとも支持し合わない。もしここでF2領域にさらに理論Dを与え、DがUともVとも相互に支持し合うようにすれば、大多数の人は理論DをF2領域の最適理論とみなすであろう。しかし残念ながら、我々はそのようにはしていない。
そのため、この時点で三つの立場に従えば、まったく異なる結論が導かれることになる。還元主義の立場に立つ者は、F2領域のA、B、C三理論のうちA理論を最適とみなすであろう。全体論の立場に立つ者は、B理論を最適とみなすであろう。そして創発主義は、A、B、C三理論のいずれも他に優越しないとみなすであろう。現代の自然科学の大部分の学派は還元主義的な観点から考量する立場を選ぶ(これは主に、他の立場を取る学派の大半がすでに淘汰されてしまったためであり、かつて全体論的立場を取る学派が数多く存在した生物学においてさえ同様である)。生物学(主に生態学の分野)や環境科学には、全体論的な観点から考量する学派もいくらか見られる。一方、社会科学は三つの立場の学派が激しく対立する領域である。
こうして我々は、「より多くの領域にわたる普遍性」を用いて何が「より本質的」であるかを定めたことになる。すなわち、「本質性とは順序づけられた普遍性の一種である」ということが明らかになったわけである。
応用:伝統医学など、積み残された問題
還元主義の発想から考量するならば、たとえどの生理学理論が最適であるかが明確でないとしても、現行の比較的優れた生理学理論のうち、伝統医学理論と相互に支持し合うものは一つもないということは十分に明らかにできる。一般に、伝統医学の支持者たちは、伝統医学を一つの医学的な学派として捉え、医学領域において活動する数少ない全体論的立場の学派であると主張する。ある意味ではこれは誤りではない。しかし、社会科学や環境科学など他の領域における比較的優れた理論もまた、伝統医学理論と相互に支持し合うものではない。
もちろん伝統医学の支持者たちは、これは社会科学や環境科学の領域で活動する学派に還元主義的傾向が強すぎるためであり、これらの学派がすべて全体論的立場を取るならばこのような問題は生じないはずだ、と弁明することもできるだろう(もともと全体論的立場を最初に提唱した哲学者自身も、現在全体論がより優勢な地位を占める領域で活動する学派には還元主義的傾向が強すぎ、これらの学派がすべて全体論的立場を取ってはじめて科学の発展は正しい軌道に乗ると考えていた)。しかし我々は、経済学を理解していることが病気の診療に役立つとは考えないという事実に、はっきりと気づくことができる。
創発主義こそ、伝統医学理論を真に最もよく支持しうる立場であるかもしれない。しかし先に述べたF2領域のA、B、C三理論に関する議論に立ち返れば、UともVとも相互に支持し合う理論Dを新たに導入した場合、還元主義であれ全体論であれ、いずれもDをF2領域の最適理論とみなすはずである。ところが創発主義は、それでもなおA、B、C、D四理論のいずれも他に優越しないとみなし続けるであろう。これは大多数の合理的な考量の筋道とは相容れないものである。
